-------------------------------------------------------------------
【幕間】Bitter Sweet Christmas
――Written by ErinaPlayer
-------------------------------------------------------------------
※注意
るるぶ1のサンプルシナリオ:Crumble Daysのネタバレを全力で含みます。
また、ひのとんのHPのリプレイを読了した方前提の物です。
どっちも読んでない方は全力で×を押すがいい!
-------------------------------------------------------------------
ひとごろし。
矢神秀人を手に掛けた、心臓を貫いた感触がまだ右手に残っている。
あの日から、それを振り払うように。
ホイップを泡立てたり、メレンゲを泡立てたり、etc。
服部絵理奈はお菓子作りに没頭していた。
レネゲイドに目醒めて良かったことなんて、
泡立てる工程が楽になったことくらいだ、と自嘲する。
雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう
Silent night, Holy night
しとしとと雨が降っているものの、クリスマスソングが流れ、
賑わう師走の繁華街を服部絵理奈は歩いていた。
きっと君は来ない ひとりきりのクリスマス・イブ
Silent night, Holy night
ミニシアターキネマ・アルバ。結局、真花と見るつもりだった
『ぼくは明日、昨日の君とデートする』も一人で見てしまった。
カップルや女友達同士で賑わう中、肩身の狭さを感じつつも。
ドリンクの紙コップを握り潰し、ゴミ箱に入れる。
そして――普通の人間には奇異に映るかもしれないが、
チケット売り場に並び直す。そして
「アラン・スミシー。1人で。」
ここのところ、休日はシアターの奥にあるUGN支部へ赴き、
手作りのお菓子の差し入れをするのが常になっていた。
今日のお菓子は生姜と三温糖の効いた素朴な味わいのジンジャークッキー。
人形やクリスマスツリーの型取りをして、
アイシングで可愛らしい目や飾りを付けたお菓子だ。
行きかうUGNの職員にあいさつ代わりに配りつつ、向かったのは資料室。
本の山から探し出すのは、衝動についてのレポート、自身のシンドロームである
キュマイラ、ブラム=ストーカーのエフェクトの分類のまとめである。
あの時、自分が衝動に呑まれずに自制できていたなら。
親友の目の前で思い人の血を啜り笑うなんて真似をしていなかったら。
また違う結末を迎えていたのではないか、そんなことを思いつつ。
正しいレネゲイドの知識を得るため、資料室のテーブルと椅子を占拠し、
資料に目を通していたのだった。
「絵理奈。今日も来ていたのか」
冬だと言うのにタンクトップ、肩にタオルをかけた女性が絵理奈に声を掛ける。
キネマ・アルバの館長にしてUGNN市支部の若き支部長、神崎リサだ。
「はい……。あれから、正しい力の使い方、レネゲイドの知識を得ないと、って思ったので」
神崎リサは山積みの資料の横に置かれているタッパーを目敏く見つけ。
「なぁ絵理奈、今日のお菓子はなんだ? 私のところに持ってこないとは人が悪いな?」
好物をお預けにされたわんこのような目で絵理奈を見つめる。
「あぅぅ……。すみません。今日はジンジャークッキーです。クリスマスイブなので」
「へぇ……人形に、クリスマスツリーの飾りか。凝ってるな。あたしも貰っていいか?」
「はい、もちろんどうぞ!」
対面に座りジンジャークッキーをぽりぽりと齧りつつ、リサが口を開く。
「うん、素朴で何か暖かくなる味だな。絵理奈。UGNのイリーガルとして協力とする話だが……
おおむね問題は無い。ただ……絵理奈。UGNとして活動するにはお前のコードネームを決めなければならない」
「コードネーム、ですか?」
絵理奈は目を丸くし首を傾げる。
「ああ。UGNはこの通りFHと敵対している。本名で活動していたらお前の日常……学校や家族に
危害が及ぶかもしれない。本名を隠匿する事によってそれを防ぐんだ。
それに、ヒーローは正体を隠して行動するものが常だろ?」
「なるほど……でも、急に言われても思いつきませんよぉ……」
「あ、あたしも一緒に考える……」
――30分後。
資料の山は横に除けられ、メモ帳にはいくつもの文字列と取り消し線が乱舞している。
そして机に突っ伏す絵理奈とリサ。漫画的表現をするなら、二人とも頭からぷしゅー、と煙を吹いている。
「レッド・ドラゴン、ティアマト、ファブーニル、ヴァンプドラゴン……」
「最後の奴なんかどこかで聞いた事あります……」
完全に煮詰まってしまっている二人であった。
「……あの、神崎さんとか高橋くんはどんなコードネームなんですか?」
「あたしと健人か?あたしは"硝煙弾雨(ファイアフラッシュ)"、健人は"鮮緑の支柱(ジェルマン)"だ」
「神崎さんのは何となく分かりますけど……ジェルマン? ってどんな意味ですか?」
「農業の守護聖人、聖ジェルマンが由来です」
完全に煮詰まっていた二人の前に現れたのは噂をすれば影、と言うべきか。
話題になっていた高橋健人、その人であった。資料の山を抱えている。
「守護聖人かぁ……私の戦い方だと守護聖人とは程遠いよねえ」
健人は書き散らかされたメモに目を通し、事情を呑み込んだようで。
「服部さんのコードネーム、ですか」
「ああ。あたしと絵理奈二人で考えていたんだが、完全に煮詰まってしまってな」
「うんうん、考えるの手伝ってー! 神様仏様高橋様ー!」
いつぞやの数学を教わった時のように、上目使いでじっと健人を見つめる。
健人は曖昧な笑みを浮かべ。
「俺でよければお手伝いしましょう。……この資料を片付けてからでもいいなら」
「やったー! ありがとー! あ、ジンジャークッキー作って来たの。あーん!」
「ん」
健人の口に半ば無理矢理ジンジャークッキーを押し込む。
「三温糖の素朴な味わいに生姜のアクセントが効いていますね」
むぐむぐとクッキーを咀嚼し飲み込み、そんな感想を。
資料を片付けてきた健人が持ってきたのは資料室の隅にあった神話や武器など雑多な本。
「資料、か……確かにそういうモンがあったらもっと捗ってたかもな」
「そうですね……自力で考えるのに夢中で全然思いつかなかったよ……!」
「……この中にイメージのヒントになるものがあるかもしれません、一緒に探しましょう」
「そういえば、コードネームってその人のシンドロームとかエフェクトを元に決めてるんですよね?」
「ああ、その場合がほとんどだな。例外としては日本支部長‐霧谷雄吾氏などは
政治力と決断力からリヴァイアサン、という二つ名を持っているが」
健人が持ってきた資料をもってしても、絵理奈のコードネーム付け作業は難航していた。
「竜と血……ってキーワードだと悪者か壮大過ぎるのしか出てこなーい!!」
「竜血樹の属名……ドラセナなどはどうでしょう」
そんな折、健人が口を開く。
「竜血樹? 何それ?」
竜血樹――リュウゼツラン科(またはスズラン科)ドラセナ属に属する常緑高木。
樹液が血のように赤く、固まったものは古くは竜血として取引されたという。
「なお、ドラセナはラテン語で雌の竜、という意味です。幸福の樹として取引もされています」
「ああ、いいかもな。竜と血、どちらのワードも含んでるし、縁起もいい」
――こうして、服部絵理奈のコードネームは"赫き竜乙女(ドラセナ)"となった。
服部絵理奈として日常を過ごしつつ、有事には"赫き竜乙女(ドラセナ)"として暗躍する。
そんな二重生活が始まるのだった。
「服部さん、読んだ資料は元の場所に戻しておいてくださいね」
「あ、そうだ。レネゲイドの勉強の為にここに来たんだった。
……《体型維持》!? いくら食べても太らない!? なにこれ、乙女の夢みたいなエフェクトじゃない!!」
絵理奈の叫びが資料室に響き渡る。
「……服部さん、資料室では静かに」
「……はい。」
To be continued――?
-------------------------------------------------------------------