世界は知らぬ間に変貌をしていた。と言われてもどうにもピンと来ない。
変わらぬ日常を享受する人がいて、それで笑っている人がいて。
世界が今そう回っているのであれば、いいんじゃないか? 無理に知らせなくても。
知ってしまった者は、知ったなりに生きていけば良いし、
知らない者は、知らないなりに生きる権利があると思う。
……どうせ、今まで知っていた日常に戻ることができないわけじゃないと思っているからね。
―――――
「――夢、か」
目を覚ますとそこは見慣れた部屋/白い壁/白い天井/簡素な家具/夢で見た場所とは似ているが違う場所。
身に覚えのない場所の夢。ただ、漠然としたその光景でも忘れられず、つい同じようなインテリアにしてしまった。そんなことを少しだけ後悔する。
――まぁ、そんなものは長続きしないのだけど。
身を起こし時計を見る。どうやら、少し寝すぎてしまったらしい。
一応、準備はしておかなければ。
最低限寝癖を直し後ろ髪を1つにまとめる。
着替えの上からUGN支部から宛がわれたコートに手を通した所で、携帯が自己主張をする。
……大体、こんな感じなのだ。なんとなくあるかな、と思って準備をするとこうして連絡が来る。
事前に電波読みするのも考えものだ。そんなことを思い、外へを歩を進める。
―――――
その日も特段変わった依頼ではない。
一般人に危害を加えるようになってしまったオーヴァード――理性をなくした彼等を、ジャームと呼ぶ――の討伐が今回の仕事。
最近は頻発しているようにも思えるが、だからと言って投げ出すわけにはいかない。
今確かにある日常、笑顔を守りたい。私がUGNにいる理由はまぁ、そんなものなのだから。
UGNの情報は正確だ。近くにはジャームの気配。微弱ながらご丁寧にワーディングの気配もする……お膳立ては済んでいるようだった。
野良ジャームが繁華街など、人が多すぎる場所に現れることは、実はそう多くない。とは言え、あからさまに人気が少ない場所であることには、運が良かったものだ。
ふと彼女の方に視線を向けると、真境名 夕姫(まじきな ゆき)は、既に自身の『領域』を展開していた。流石に、仕事が速い。
『領域』
オーヴァードの中でも研究が進んでいない『オルクス』の能力。自身の力が及ぶ場所――領域を制御し、内部の状況を探る、有利な場を作る。
確かそんな能力だった。
「……居た。私の腕に抱きました。後はお願いします」
彼女の言葉に頷き、小さく深呼吸を1つ。あまり強力なジャームと言う情報こそ聞いていないが、何があるかは分からない。
精神を、思考をジャームの討伐へを集中させる。大体準備ができる頃には――
「一般人が巻き込まれないよう、領域を見回ってきます。それでは」
ああ、行ってらっしゃい。その言葉を待つことなく、彼女は去って行く。たまに思うが嫌われているのだろうか?
いつか聞いてみようと思い、つい忘れてしまうこと。
「まぁ、それよりも今は――」
すぐにジャームは見つかった。ソイツは既に変貌した爪をこちらに向け――
―――――
結論から言うと、決着は案外あっさりとついた。
ジャームとは理性を失う程、本人であることを捨ててしまう程力を使いすぎた者がなるという。中には理性あるジャームがいるともいうが、大抵はそうはならない。
レネゲイドウィルスとは異物なのだ。それに飲み込まれれば、それは最早本人とはベツモノとなってしまう。
……そうやって飲み込まれた相手こそ、本来持っていた『力』を使えないこともある。
私の一撃が、ジャームを吹き飛ばす。衝撃に喀血するジャームを見下ろし、獲物を向ける。
向けられてくるものが敵意/殺意から恐怖へと変わって行くのが分かる。どうにも、この感情は慣れない。
振り切るように、獲物を掲げる。振り下ろせば、それで終わる。
「――えだって、――じゃ……のか?」
不意に掛けられた言葉。発したジャームの方を見やる。
息も絶え絶えに、ソイツは聞いてきた。
「お前だって化物じゃないのか? 何故、一般人の味方をする?
何故、俺達の存在をひた隠すアイツ等の下僕に成り下がってるんだ?」
要約すればそんなことだった。
「お前は使いたくはないのか?折角手に入れた才能を、如何なく発揮させたくはないのか?
今の状況に不満を持っていないのか?」
オーヴァードであれば悩むこともあるのだろう、きっと。
確かに、持っている力はそのまま=才能として考えるのは一理ある。FHが選ばれた人間だと言うのも、まぁ分からなくはない。
だけどね。
「私は、今の世界が好きなんだ。
世界が私達を受け入れる準備は遅々として進んでいないけど、少しずつ居場所はできている」
公表すれば世界は混乱するだろう。いや、それよりも。
私達の存在が公表された所で良い方向へ動く世界ではないだろう。革新的なモノは戦から生まれる。
公表してもしなくても、私達はきっと殺したり殺されたりするんだろう。そんなもんだと、淡々と呟く。
「私はジャームだろうがFHだろうがUGNだろうが正直どうでも良い。
今こうして笑顔で歩いている人がいる。それを壊そうとするのが……私は許せない」
決定的な隔意に気付いたのだろう。最後の力を振り絞り牙を向けたジャームに、私は躊躇なく一撃を加えた。
―――――
ジャームを『処理』した所で、彼女は帰ってきた。
今の会話は聞かれていただろうか? そう一瞬考え、どうでも良いことだと忘れることにする。
ただ、気になるのは……
「何かあったか?」
「い、いえ……」
どうやら、私が戦っている間に何かしらのイレギュラーがあったのは気のせいではないようだが、本人が語りそうにない。
まぁ、機会があれば聞かせてくれるだろう。
UGNには『処理』が終了した旨を伝え、帰路につくとする。
ふと、鏡に映った自分の姿を見て、困ったように苦笑する。
「返り血……か。白騎士が、笑わせる」
相応しくない名を自嘲気味に笑い、血を拭う。
いつか、こうして戦うことがない日を祈りながら、戦いに身を投じている。
その矛盾への回答はいつ見つけられるのだろうか?
力を使えるようになってから感じた疑問の答えは、まだ見つかっていない。
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