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【前日譚】薄暗がりのプロローグ
――Written by TakayaPlayer
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終日月夜PCの設定を鑑み、応対したお話です。
また、前シナリオ:MemorialBlossomにも応対しております。
そのため、読むとちょっとクスッとするところがあるかもしれません。
シナリオのネタバレに関しては、一切ありませんのでご安心ください。
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――On March 14, it is dusk.
《薄明りのプロローグ-Twilight Prologue-》
スタイラスペンを置いて脱力し、長い長いため息をつく。
ようやく終わったとばかりにIPadも投げっぱなし、ソファへと仰向けにもたれかかる。
だるい、しんどい、今年はギリギリ1日猶予はできたけど。
だああ、つかれた……。
正直、なぁんで毎年毎年こんなものをやらなならんと文句も言いたい。
いやいってる。
そんな現在投げっぱなされたIPadのモニタには、E-Taxのホームページが映っている。
電子書類でまとめて送信でよくなった昨今だからいいものの。
ついぞ5年前なぞこれ全て、紙の領収書を1からまとめて目を通してチェックしては郵送しなきゃならなかったから洒落にならない。
そんな今時分は3月14日の夕暮れ時。
――確定申告が締切、その1日前。
「ったく、支配人もラクじゃねえ、よ、なあ……」
UGNという組織の支部長として籍を置いているのだが、そのUGNは秘密組織。
陽のあたる表の世界に簡単に、存在と名を明かすわけにいかないもの。
秘密組織の存在を伏せて表に見せてるその顔は、N市に拠点を置いているサーカス団とその一座。
彼・磐浅天哉はそのサーカス団《シルク・ド・モア》の座長として、お上へは申告し業を営み生計を立てている。
つまりはこの時期、法人としてあれやこれやと申告しては税金を納めねばいけないわけで。
そのうず高く積もった義務と書類の最終チェックと送信が、いましがたひと段落したという状態。
「……甘いもんでも喰いてえ……ぞ……」
マジでつかれた。
ソファにもたれた磐浅がぼやいたその時に、薄ら影が差しこんでくる。
「おや、ならばお茶にしませんか? お疲れ様です、《天月の采配》」
磐浅に声をかけてきたのはサーカス団の団員でも、UGNの支部員でも連絡員でもない。
突然に訪れてきたのは、柔和に笑むスーツの青年。
おおかた磐浅と同い年程の、物腰丁寧な男性だった。
「……。ンじゃ、応接室で頼むわ」
「わかりました」
ソファで転がる彼を《天月の采配》と呼ぶ、物腰丁寧な彼が声をかければできる数瞬の間。
数拍おかれた沈黙ののちに、ソファからは砕けた声が帰ってきた。
★
応接室のテーブルを挟んで、向かい合わせに座る男が2人。
そのテーブルの上に広げられているのは、来客用の豪奢なティーセット。
ケーキスタンドのプレート上には、来訪者が差し入れに持ってきたチョコレート菓子が飾られている。
来訪者が紅茶を優雅に淹れて差し出せば、ふわりと華やかな香りが部屋に広がる。
「いただきます」
「どうぞ、お口に合うとよろしいのですが」
ずず、と紅茶を啜るのは、UGNがN市支部長、《天月の采配》こと磐浅天哉。
その向かいで嗜む様子を見ながらに、柔和にほほ笑む来訪者たる男。
互いに古くからの顔なじみなのか、緊張感といったものはない。
はたから見れば男2人が夕暮れに、英国式の優雅な茶会をしているように見えるだろうか。
いくつかある違和感に、目をつむってしまえるならば。
「この菓子ウマいな、なんていう?」
「チョコロッシェ、というお菓子ですよ。
フフ、それにしてもうれしいですね。腕によりをかけて作った甲斐はありました」
「……ツーことは手作りか、やるねいい嫁さんになるわお前」
ひとつ
“来訪者である側が、お茶も茶菓子も全て準備し紅茶を淹れている”ということ。
ひとつ
“その来訪者の磐浅への呼び方が、名前ではなかった”ということ。
「――で、だ」
「はい」
瞬間、冬の冷たい空気のようなナニカが広がる。
平時から響く環境音が、遮断されては世界が変わる。
見れば、応接室にあった時計
その時計の針が凍りつくよう停まっている。
――空間と、そして時間それそのものが、外の世界と隔絶される。
「分単位で時間管理しなきゃならないレベルのクソ多忙かつその筋に命を狙われまくるお前が、護衛もなく手土産つきでアポなし来訪たぁ穏やかじゃねえ。
今しがた空間も時間も切り取った、機密なら漏れん保証する」
そして、もうひとつ。
そしてこれが最も大きく、目をつむりがたい違和感だろうか。
「要件を言え。UGN日本支部長、リヴァイアサン」
UGNという秘密組織において、トップクラスの要人である日本支部長、“リヴァイアサン”こと霧谷雄吾。
常から分刻みのスケジュールといわれ秘書すらバタバタ倒れる程の多忙を極めると噂されているこの男。
その男が、護衛も秘書もつけずにひとりでなんの事前連絡もなく
よりにもよって当人も申請と手続きに多忙を極めるであろう確定申告締切前日の夕方に、わざわざ部下のもとへと自ら来訪したこと。
★
来訪者、“リヴァイアサン”霧谷雄吾。
彼自ら来訪してまでの案件が、ひとしきり語られれた後には静寂が際立つ。
「つまり、だ」
カチャリ。
カップがソーサーに置かれた音が、いやに響く。
「10余年本部の最新医療かかずってるのに手詰まり状態の、ジャーム化率撃高爆弾野郎をウチで預かれ、と。
ウチがUGN本部や日本支部のスタッフや技術より上のわきゃないだろ、手に余るからの厄介払いにしか聞こえねえぞ」
「貴方にしか、頼めないことなのです」
「ウチにゃお前やお前の親友・お前ん処の副官みたいにクソ強力なソラリス――よーは精神にもヤクにも精通しているバケモノプラントはさすがにいねえ。
“ラフレシア”、Rラボのガチ研究員張ってられる程のノイマン――アタマの冴えわたる天才的な超常者だってさすがにいねえ。
医者はカウンセラーは言わずもがな。施設や財政・政治力にいたっては、比べるまでもねぇだろうが」
「……ええ」
「ふっつーに考えたら、本部、無理でもせめて日本支部のスタッフでどうともならん案件が、都心1時間越えのところに位置する見世物小屋なぞに何とかできるわけがねえ」
「……ええ」
「だいたい俺の出自は分かってるだろ。アルフと殺し合いしてたがちめのFHチルドレン、お上どころかUGNの上にも割と忌まれてる自覚はあるんだよ。
そんな奴に預けるだあ? 気でもふれたかおまいさんは」
部下たる磐浅天哉から、口さがなく矢継ぎ早にいわれる数々の事実。
すべてが揺るがぬことなき事実であるからこそ、上司の霧谷雄吾は肯定しかできない。
「俺にゃ政治的判断はつかないってコトにしておくが。
このデータで特A級以上要監視対象認定ってことは、簡単にジャーム化するだろうしした場合街ごと破壊ですめばいいほうの超絶爆弾っつーこったろよ。
災害化した時の被害を考慮すれば疎開さすなら蝦夷あたり、手に余るならば監禁して陽の目を見せずに実験動物(モルモット)にして使い倒す。
そもそも上からの元決定が《24時間の監視と暴走兆候時には殺処分》なんだから、ヤクで洗脳して兵器人形にしちまうか、元決定に従ったほうが無難だと僻地な支部長の俺でも愚考するがねピラミッド組織の日本支部長さんよ」
「……それでも」
絞り出すような言葉。
ひとつも返せぬ正論を浴びせられ続けていた霧谷から、絞り出すような言葉が漏れる。
「あの子たちは、ひとなんです。懸命に、もがいている、ひとなんです。
本部の決定どおりに、あの子たちを危険物と切り捨て封するのは簡単です、無難です、わかってます。痛いほどに」
「だったら、」
「それでも!」
語気が強くなる。
割ろうとした部下のことばが、さえぎられる。
「――それでも、あの子たちはひとなんです。ひととしていき、ひととして自立し、ひととしての生を歩ませてあげたい。
道具ではなく、兵器ではなく、化け物でもなく、――ひととしての生を。共存を」
一部の本部にも疎まれてもなお、理想を掲げ実現しようともがいてあがき続けるこの男。
全てを飲み干すものの2つ名を持つ、“リヴァイアサン”霧谷雄吾。
非情な現実に屈さずあがき共存の道を模索する、この男の願いが部屋に響き渡った。
★
「2つ。
一介の僻地の支部長である俺の権限、それを越える権限を今この場で付与してもらう」
相対していた部下・磐浅が、上司・霧谷の目前に二本指を立て突きつける。
「ひとつは情報閲覧権限。
俺はこいつらの管理データ名称すら、聞いたことすらないレベルだ。
つまりは一介の支部長には、そのデータすら触れる権限がないということ」
もともと日本支部長がこの状態で一人で来たという時点で、機密レベルが高いというのは自明の理。
本来なら一介の支部長が聞くことすらできない、そのレベルの機密事項。
請け負うならばその機密を、情報閲覧の権限とコードをよこせという。
「そして、もうひとつ」
まるで“飲めなきゃなら帰れ”というかのごとく
上司を上司と思わぬような、有無を言わさぬ物言いで。
「この若造の生殺与奪の権限その一切を、俺に一任する旨の書面。
日本支部長が直筆の、委譲の書面を置いていけ」
本部の意向がひとつである、殺処分となんら変わりばえない生殺与奪を左右する権限。
ひととしての生と共存を願い膨大なリスクを負ってまで自ら訪れた上司に向い、部下は冷酷に要求した。
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