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 【承前】導く者と鈴蘭
     ――Written by GameMaster

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 《学園の七不思議》のはじまる、その少し前の出来事です。
 視点は一人称。
 隼風支部に在籍する、イリーガルの視点で描かれています。

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 いくらFHがあまり入ってこない土地だからと言って、いくらオーヴァード事件が少ない土地だからと言って、この支部にUGNの「大人」が彼一人と言うのは、明らかにおかしい
 せめて、チルドレン達のメンタルケアに関してだけでも、UGNから誰か引っ張ってくれば良いのでは、と問うた事はあるのだが
「そうだね。誰か良い人がいたら、来てもらおうかな」
 と、そう答えながら曖昧に笑うだけだった

 …知っている
 以前、そうしてUGNからメンタルケア専門のエージェントを招き入れたものの、その時すでにFHと通じていたそのエージェントが、チルドレン達の精神をわざと不安定にさせ、ジャーム化させる実験を行った事があった事実を
 そもそも、己がFHを抜けたのはその事件の時だ。覚えているにきまっている
 あの時の件をえぐるようで悪いが、それでも彼にそう問うたのは、彼背負うものがあまりにも多すぎるからだ

「はっきり言うがね。この支部、万が一、君がポックリ死んだりでもしたらあっという間に瓦解しかねんぞ」
「そうかな?皐月さんや三ツ木君もだいぶしっかりしてきたし、君も居てくれるからね。そんなことはないと思うけれど」
「ストップ。私はイリーガルだよ? しかも元FH。私が裏切ったらどうするつもりかね?」
 この時、己は至極まっとうな事を告げたつもりだ
 裏切る気は毛頭ないとは言え、警戒すべきところであろう
 支部長の仕事とは、「信じる」事と「疑う」事
 その二つを両立させるべきだと言うのに、彼はあまりにも「信じすぎる」
 チルドレン達にとってはその信じる想いは良き支えになるであろうが、己のような者に対しては、いけない
 そもそも、己がFHを裏切った理由には「こちらに協力したほうが面白そうだから」と言う、決して褒められたものではないものが含まれている
 そんな人間を、信じすぎるのはあまりよくないのだ
 だと、言うのに
「君は、裏切らないでくれるだろう?」
 などと、こちらをまっすぐに見つめ、優しく笑いかけながら、言ってきたのだ
 圧力とは違う
 本当に、心からそう信じている、そんな眼差しを、まっすぐに向けられる

 これがいけない
 彼、春風 王我が自覚していない最大の武器が、これであろう
 たとえ敵対組織所属の者であっても一度は手を差し伸べ、味方に引き入れることが出来たならば無償の信頼を向けてくる
 ソラリスの力でもってこちらを操ってくる訳ではない
 ただただ、向けられる信頼が痛い
 じわじわと身にしみ込み、浸透していく。まるで毒のように
 無償の信頼を向けられる事に、無償の優しさを向けられる事に慣れてない者ほど、この毒には弱い
 この支部に送られたチルドレン達はだいたいそうであろうし、この毒の中毒だろう
 どちらかというと「落ちこぼれ」であったり、任務に失敗してメンタルが削れたチルドレン達にとって、彼の優しさは麻薬に等しい
 この支部に集まるイリーガル達も、そうだ
 己を含め、UGNを信用しきっていない者。性格の関係か素行の関係かUGNからは危険視されている者、そういったイリーガルが、この支部には集まっている
 彼の人柄に惹きつけられ、だからここでイリーガルをやっている者が多いのだ

(だから。彼が死んだならば)
 その時、この支部がどうなってしまうのか
 己が猛毒の麻薬である事実に気づいていない彼は、その予想も出来ないのだろう
「まぁ、裏切るつもりはないけれどね」
 そこだけは、誤解されることのないよう、きちんと伝えて
「だがしかし、同時に君が背負いすぎている重荷を分けることができる者を探し給えよ。死ぬまではいかずとも、君が倒れたら現状、結構な大惨事であるよ?」
「はは、そこは気をつけるよ。君が補佐してくれるから、だいぶ仕事も楽になっているからね」
「……楽になってこれかー。私の補佐あってこれかー」
 まったくもう、と笑う
 仕方ないな、と。もう少し改善させたほうがいいと思いつつ、当人がこれでは仕方ない
 せめて、己がしっかりと補佐を続けるしか無いだろう
 それでも、少しずつでも改善させなければ



 改善、させるべきだったのだ
 急いででも
 嘆いても、時は戻らない

「……今、何と?」
「一度で聞けないのか。この古臭い喫茶店は取り壊す。そうしてから、新しく支部のビルを建てる。今までの、あのくだらんお人好しの甘っちょろいやり方が通ると思うな。この支部に押し込められた役立たずのお荷物共、全て訓練し直しだ。殺してでも、使い物になるようにしてやる」

 ………あぁ、だから言ったじゃないか
 君が居なくなったら、この支部は瓦解する、と
 ほら、こんな、別方面の猛毒が来てしまった

「………………それは困るな、実に、実に困る」

 さて、私は君の補佐官だ




 君が死んでも、私は君の補佐官でいようではないか



 我が最愛の親友にして、我が最愛の義兄よ




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